どちらかといえば首都圏で見過ごされそうな存在の鶴見線(と南武支線)ですが、昨年は9月から南武支線でE127系、12月24日からは鶴見線でE131系が営業運転を開始し、205系の活躍が見られるのはあと僅かになっています。鶴見線の車両は17m級から72系、101系、103系、205系と変わってきましたが、新車が入るのは今回が初めて。これは「多摩川の向こうなんだから知らねぇよ」と無視するわけにはいきません。

12月16日、E127系のまともな写真を撮ろうと南武支線に出かけた。地上からそこそこの写真が撮れそうなのは川崎新町~小田栄間のほぼ中間にある踏切くらいしかない。電車はほぼ40分に1本だが、貨物はかなり頻繁に来る。EF66は原型色には戻らないけど、撮れるうちに撮っておこう。

お目当てが来た時にはうっすらと雲がかかってしまった。足回りもそんなに潰れていないから年賀状にも使った。

浜川崎から鶴見線をロケハンしながら鶴見に出てこの日は終わり。ホームにも「鉄」が数人いた。

12月28日、年賀状も書き終えたので、E131系とのご対面を期待して出かけてみた。

しかし、日中運用の3本はすべて205系だった。

なんと、そのE131系が貨物線を上って行った。この日は朝ラッシュ後に205系の3連2本が国府津に疎開回送されたそうで、それと入れ替わって弁天橋に向かうところだったのだろう。

弁天橋ではE131系1本が昼寝しているのを確認。国道はアングルはいろいろと選べるものの、光線はあまりよくなく、薄日くらいの方が側面が潰れずにすむ。

鶴見小野は住宅街なので、昼間でも結構乗り降りが多い。春以降なら建物の影も電車にかからなくなるだろう。

年が明けて5日、三度目の正直というか、懲りずに出かける。昼間(10~15時台)の鶴見発は20分に1本。行き先は扇町と海芝浦だけと思ったら、途中の浜川崎や武蔵白石止まりもある。鶴見~浅野間以外では下手すると1時間以上列車が来ないこともあるし、線路沿いはほとんどが企業の私有地だから、撮影できる場所は限られる。

10:50発の海芝浦行きはE131系のトップナンバー(1001)だった。

車内のナンバーは3両とも撮影した。

ドア上の表示は1両で4箇所の節約タイプ。

海芝浦まで行っても仕方ないので、浅野で降りる。だいぶ電車との隙間が広い。

後追いは顔が潰れた。午後遅くの方が光線はよさそうだ。

いかにも私鉄風なホーム。上屋は鶴見臨港時代のものなのだろうか。

浜川崎方面との分岐部分。左の2線は使っている形跡がない。

次の電車まで20分、2代目折りたたみ椅子の初仕事になった。

浜川崎方面行きはなんとかまともな編成写真が撮れる。

車庫のある弁天橋で降りてみた。駅前にはちょいと洒落たスペースもある。

しかしここはJRの土地ではない。JFEといったら昔の日本鋼管だな。

改札を出てすぐ右がJFEの通用口。画面の左に1号館、2号館、線路の反対側(画面右)に3号館があり、踏切も社有地になる。

E131系の武蔵白石行きに乗り、折り返し時間に車内を撮影する。

運転室寄りの4人掛けとなる小窓が開閉可能になっている。

車内見付は最新のE235系と同じ。

編成外観、夏ならホームの影もかからないだろう。

右手には大川支線が分かれる。幅広の架線ビームのあたりに短いホームがあり、クモハ12が止まっていた。このあと、浅野でカーブしたホームに進入するE131系を撮影したのだが、レンズがMFになっていてすべてピントが甘く、モニターで確認してすぐに消去した。

気を取り直し、安善で降りる。

ここは踏切の反対側から編成写真が狙える。昔は手前に貨車がいて邪魔されることもあったが、今は右端にタキ1000(米タン)が止まっているだけで、撮影には支障ない。

72系の時代も同じアングルで撮った。次の鶴見行きに乗るつもりだったが、擦れ違いの浜川崎行きがE131系だったので、あと20分、踏切で待機する。

望遠ズームに付け替えて待つ。おっ、来た来た。

うんと引きつけて。

ホームの人が入って、いい工合だ。

標準ズームに付け替える。

205系とのツーショットはこの時期しか撮れない。

次の205系を国道で後追い。あっ、架線柱の影がかかった。これの戻りは引きつけすぎて前面がホーム屋根の影に入ってしまったので、即消去。

鶴見小野寄りのカーブを望遠目一杯で引きつけてみる。陽炎で少しもやっているな。

205系でも狙ったアングルだけど、この日はちょっと光線がきつすぎる。

後追いはちゃんと危ない位置を学習したから大丈夫。

戻りもホームの影の手前でシャッターを切る。

綺麗なうちに撮れるだけ撮っておく。

このアングルも陽が高くなったらもう一度狙ってみよう。これで撮影は完了。鶴見まで歩き、久しぶりに「かつや」で昼飯にした。

鶴見では貨物線にEF65が止まっていた。だいぶギラついた光線になるが、この時期、EF65なら選り好みをしている場合ではない。陽気がよくなったら早起きして、また来よう。

12月16日、E127系のまともな写真を撮ろうと南武支線に出かけた。地上からそこそこの写真が撮れそうなのは川崎新町~小田栄間のほぼ中間にある踏切くらいしかない。電車はほぼ40分に1本だが、貨物はかなり頻繁に来る。EF66は原型色には戻らないけど、撮れるうちに撮っておこう。

お目当てが来た時にはうっすらと雲がかかってしまった。足回りもそんなに潰れていないから年賀状にも使った。

浜川崎から鶴見線をロケハンしながら鶴見に出てこの日は終わり。ホームにも「鉄」が数人いた。

12月28日、年賀状も書き終えたので、E131系とのご対面を期待して出かけてみた。

しかし、日中運用の3本はすべて205系だった。

なんと、そのE131系が貨物線を上って行った。この日は朝ラッシュ後に205系の3連2本が国府津に疎開回送されたそうで、それと入れ替わって弁天橋に向かうところだったのだろう。

弁天橋ではE131系1本が昼寝しているのを確認。国道はアングルはいろいろと選べるものの、光線はあまりよくなく、薄日くらいの方が側面が潰れずにすむ。

鶴見小野は住宅街なので、昼間でも結構乗り降りが多い。春以降なら建物の影も電車にかからなくなるだろう。

年が明けて5日、三度目の正直というか、懲りずに出かける。昼間(10~15時台)の鶴見発は20分に1本。行き先は扇町と海芝浦だけと思ったら、途中の浜川崎や武蔵白石止まりもある。鶴見~浅野間以外では下手すると1時間以上列車が来ないこともあるし、線路沿いはほとんどが企業の私有地だから、撮影できる場所は限られる。

10:50発の海芝浦行きはE131系のトップナンバー(1001)だった。

車内のナンバーは3両とも撮影した。

ドア上の表示は1両で4箇所の節約タイプ。

海芝浦まで行っても仕方ないので、浅野で降りる。だいぶ電車との隙間が広い。

後追いは顔が潰れた。午後遅くの方が光線はよさそうだ。

いかにも私鉄風なホーム。上屋は鶴見臨港時代のものなのだろうか。

浜川崎方面との分岐部分。左の2線は使っている形跡がない。

次の電車まで20分、2代目折りたたみ椅子の初仕事になった。

浜川崎方面行きはなんとかまともな編成写真が撮れる。

車庫のある弁天橋で降りてみた。駅前にはちょいと洒落たスペースもある。

しかしここはJRの土地ではない。JFEといったら昔の日本鋼管だな。

改札を出てすぐ右がJFEの通用口。画面の左に1号館、2号館、線路の反対側(画面右)に3号館があり、踏切も社有地になる。

E131系の武蔵白石行きに乗り、折り返し時間に車内を撮影する。

運転室寄りの4人掛けとなる小窓が開閉可能になっている。

車内見付は最新のE235系と同じ。

編成外観、夏ならホームの影もかからないだろう。

右手には大川支線が分かれる。幅広の架線ビームのあたりに短いホームがあり、クモハ12が止まっていた。このあと、浅野でカーブしたホームに進入するE131系を撮影したのだが、レンズがMFになっていてすべてピントが甘く、モニターで確認してすぐに消去した。

気を取り直し、安善で降りる。

ここは踏切の反対側から編成写真が狙える。昔は手前に貨車がいて邪魔されることもあったが、今は右端にタキ1000(米タン)が止まっているだけで、撮影には支障ない。

72系の時代も同じアングルで撮った。次の鶴見行きに乗るつもりだったが、擦れ違いの浜川崎行きがE131系だったので、あと20分、踏切で待機する。

望遠ズームに付け替えて待つ。おっ、来た来た。

うんと引きつけて。

ホームの人が入って、いい工合だ。

標準ズームに付け替える。

205系とのツーショットはこの時期しか撮れない。

次の205系を国道で後追い。あっ、架線柱の影がかかった。これの戻りは引きつけすぎて前面がホーム屋根の影に入ってしまったので、即消去。

鶴見小野寄りのカーブを望遠目一杯で引きつけてみる。陽炎で少しもやっているな。

205系でも狙ったアングルだけど、この日はちょっと光線がきつすぎる。

後追いはちゃんと危ない位置を学習したから大丈夫。

戻りもホームの影の手前でシャッターを切る。

綺麗なうちに撮れるだけ撮っておく。

このアングルも陽が高くなったらもう一度狙ってみよう。これで撮影は完了。鶴見まで歩き、久しぶりに「かつや」で昼飯にした。

鶴見では貨物線にEF65が止まっていた。だいぶギラついた光線になるが、この時期、EF65なら選り好みをしている場合ではない。陽気がよくなったら早起きして、また来よう。


































