シグ鉄さんのブログが土佐電ネタで盛り上がっているので、それなら俺んとこにもあるぞと発掘してみた。ブログのコメントで初めての訪問を1977年と書いたのは勘違いで、実際にはさらに古い1974(昭和49)年2月13日だった。今回スキャンしたのはほんの一部で、一緒に回った広電、伊予鉄もいずれはスキャンするつもり。原版はフジクロームでハーフ判だが、画像処理でそこそこ見られる色調になった。

鉄道線の終点の安芸。これが朝の直通列車の最終便だったと思う。

後免町とのほぼ中間の手結(てい)で途中下車したは、画面左端に見えている電機が気になったから。
現在の土佐くろしお鉄道では同じ位置の駅名は夜須になっている。

右のED2001は三菱電機製でボンネットが異様に高い。左のED1001は元南海だろうか。すでに貨物営業は終わっているから出番はない。その左のクハは一目で気動車崩れとわかる。

後免町、左が軌道線で右の鉄道線は国鉄の後免まで延びていた。

この角度なら鉄道線と軌道線の位置関係がわかる。軌道線は625ほかの2連。現在はバスターミナルもできてこの時代の面影は残っていない。

軌道線も上屋付きのホームがあった。

知寄町の車庫前。旧塗色の607は直接制御なので連結器などはない。

604も直接制御。軸梁式の台車は日立製のはずで、横浜市電や西鉄でも採用されていた。場所はグランド通。

同じ場所で600形の2連。右の土佐電バスも同じ塗色になっている。

朝倉の交換風景。

朝倉駅前付近の路肩軌道。この日は一日中土佐電を乗りまくったが、伊野の庭先留置線はまだ気付いていなかった。

鉄道線の終点の安芸。これが朝の直通列車の最終便だったと思う。

後免町とのほぼ中間の手結(てい)で途中下車したは、画面左端に見えている電機が気になったから。
現在の土佐くろしお鉄道では同じ位置の駅名は夜須になっている。

右のED2001は三菱電機製でボンネットが異様に高い。左のED1001は元南海だろうか。すでに貨物営業は終わっているから出番はない。その左のクハは一目で気動車崩れとわかる。

後免町、左が軌道線で右の鉄道線は国鉄の後免まで延びていた。

この角度なら鉄道線と軌道線の位置関係がわかる。軌道線は625ほかの2連。現在はバスターミナルもできてこの時代の面影は残っていない。

軌道線も上屋付きのホームがあった。

知寄町の車庫前。旧塗色の607は直接制御なので連結器などはない。

604も直接制御。軸梁式の台車は日立製のはずで、横浜市電や西鉄でも採用されていた。場所はグランド通。

同じ場所で600形の2連。右の土佐電バスも同じ塗色になっている。

朝倉の交換風景。

朝倉駅前付近の路肩軌道。この日は一日中土佐電を乗りまくったが、伊野の庭先留置線はまだ気付いていなかった。








