1990年7月、福島交通、板谷峠を回り仙台で一泊した翌日は栗原電鉄を訪れている。東北本線の石越から西に進んで細倉まで、その先にある細倉鉱山からの貨物輸送を目的とする鉄道だが、この時期、鉱山はすでに操業を停止していた。写真は石越からまとめたので、撮影順ではない。

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石越の駅舎は撮っていない。貨物扱いがなくなって側線が撤去されているが、ED351がぽつんと置かれていた。東武鉄道の日光軌道線から移籍したもので、個人が引取るため一時的に留置されているということだった。

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所沢車輌工場 昭和43年改造 の銘板が付いていた。日光軌道線時代はED611で、同線の廃止直前に撮影している。

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細倉までは970円。(マ)は鉱山跡に細倉マインパークができ、駅名も改称されたことを表している。

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車庫がある若柳。左のM181は所沢工場製、右はC151で片運。形式のMとCは電動車と制御車、数字の頭2桁は車体長を表している。ED203はナロー時代からの電機で、1067mmに改軌したため軸箱蓋が最大幅になる。三菱電機製で3両在籍していたが、この当時、車籍があるのは1両だけだった。

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旅客扱いの終点だった細倉。手前のバラストが新しいのはほんの僅か延長されたから。

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新設された細倉マインパーク前駅。電車は主力のM150形で3両在籍していた。

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M151の銘板、三菱電機(電装品)、住友金属(台車)、ナニワ工機(車体、艤装)の3社が記載されている。蛍光灯の格子状ルーバーは珍しい。東急の5000系も初期車はこれだったと記憶している。
オープンしたばかりのマインパークは駅から少し距離があり、バスもないので片道約30分くらいを歩いた。鉱山跡を活用したテーマパークのようなのだが、全体に造りがちゃちで温泉地の片隅にある秘宝館のような感じで、県外からの客を呼べるようには思えなかった。いつの間にか閉園となったようで、1枚くらいは写真を撮っておけばよかったかなと思う。
*調べたところ、一度リニューアルを行って現在も営業中とのこと。失礼しました。

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次のコマに阿武隈急行の8100系が写っている。今となっては貴重な記録だ。

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ちょっと停止位置がずれ、槻木という駅名標が確認できた。417系は3連5本しか製作されなかった稀少形式で、後に1本が阿武隈急行に譲渡されている。近郊形だが台車はDT32系で急行形並み。この窓配置は飯田線や身延線などにぴったりだと思うのだが、なぜか電車では少数派で終わっている。
東北地区での画像はここまで。どういう経路で東京に戻ったかはまったく覚えていない。

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残りのコマは帰京してから1週間くらい後で、有名な「ヒガハス」(東大宮~蓮田)に行っている。これは大宮で、列車番号から臨時列車とわかる。

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EF57が頑張っていた頃に来たことがある。春ではないけど「あけぼの」から。

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「北斗星」、EF81はつんのめっているような感じであまり好きになれない。

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ウォンウォンと唸っていた115系。天気が今いちだけど仕方ない。

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ホキ2200が16両連なる。機関車はよく見ればEF65のF形だ。

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185系の「なすの」。

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これも臨時列車。ヘッドマークは鎌倉という文字しか判読できない。

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もう1本「北斗星」を撮って引上げる。

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蓮田に戻る途中の工務店。屋根に乗っているのが社長らしい。

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これは別の日、301系の帯が黄色から青に変更された。総武緩行に入った205系が黄帯で地下鉄乗入れ車と間違えられたというのが変更の理由とされている。

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大塚駅、列車線は明治通りの踏切解消のための工事に伴い、池袋~大塚間が単線になるので、ポイントが挿入されている。

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都電の乗り場も改装中。

ということで東北遠征シリーズのフィルム3本は終わり。