モハメイドペーパーの      何が出てくるか 2.2

かなり「鉄」分が多めの内容になっています。 バックナンバーはこちらから http://jorc.livedoor.blog/   http://jorctk.cocolog-nifty.com/

便乗ネタ

157系急行「伊豆」

OER3001さまがカワイモデルの157系をレストアされたようで、それに関連して実物の写真もブログにアップされている。私も157系には一度乗ったことがあるし、急行「伊豆」も撮影しているので、メモリから写真を発掘してみた。

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OER3001さまが東京駅で撮影したのは1967(昭和42)年3月だが、私は同じ年の1月。鉄道ファン誌で紹介された富士山バックの写真に刺激され、早朝の三島に降り立った。雑誌で紹介されたのは竹倉温泉という所なのだが、事前の調査もしないで線路端を函南に向かって歩いた。だいぶ山の中にきたなというところでブルトレの「はやぶさ」が通過。うっすらと雲がかかって富士山は見えない。

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何時頃なのか覚えがないが陽が射してきて、タイミングよく157系の「伊豆」が通過。後ろから気配を感じて振り向きざまにシャッターを切ったので、6連のケツが切れてしまった。新幹線の開業で特急「ひびき」の仕事がなくなった157系を転用したもので、1964年11月から運転を開始。1968年10月の改正で特急「あまぎ」に格上げされた。

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線路が接近している新幹線も撮った。

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トンネルに出くわしたので山の上に登った。113系の4連は熱海で分割して沼津までの列車だ(それの上り列車)。

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やっと富士山が見えてきた。右下に新幹線も見えている。

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道なりに歩いたら東海道本線の線路からどんどん離れ、やっと人里に降りられたと思ったら伊豆箱根鉄道の大場付近だった。これはポジのマウントに韮山と書き込まれている。車両は1000系で当時の最新形式。西武所沢工場製のセミクロスだったはずだが、残念ながら乗っていない。

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同じ場所で157系の「伊豆」。修善寺行きが6両、伊豆急下田行きが7両で、後者には2両増結されることもあった。

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定番の大場付近。なんとか富士山も見えている。この頃の駿豆線は旧型国電の払下げ車が主力だった。

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153系はまだ準急だったと思う。157系は修善寺行きに乗った記憶があり、修善寺駅で撮ったポジもあるはずだが、今回は発掘できなかった。



南海と泉北、同じようで同じではない

2025年4月、関東と関西で鉄道会社の合併があった。関東では新京成電鉄が京成電鉄に、関西では泉北高速鉄道が南海電気鉄道に吸収される形で1本化されたのは周知のとおりで、車両の塗色変更なども着々と進んでいるようだ。京成電鉄はいつでも行けるはずだが、このところの暑さで出足をそがれている。南海だってその気になれば夜行日帰りもできるけど、今年はほかに行きたい所もあるので、関西行きは万博が終わってからにしようと思っていたら、シグ鉄さんに先を越されてしまった。泉北の車両はひととおり撮影しているから焦ることはなかろう、というのは負け犬の遠吠えになるので、ここはちょっと視点を変えて、南海と泉北の同じようで同じでないところ(合併後は同じになるのだろうけど)を突っ込んでみよう。

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旧泉北の車両にも南海のロゴがついたそうだけど、南海といったらやはりこれだろう。ハグルマソースのマークと思っている人、ちゃうちゃう、こちらが元祖なのだ。

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というところで本題に入る。泉北線内でしか見られない行き先で、泉北の車両は百舌鳥が仮名書き。

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南海の車両は狭いスペースに漢字で収めている。

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難波は南海も泉北も仮名書き。大阪なんば にはならないようだ。

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和泉中央行きの場合、南海は泉北の文字が入る。

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泉北は余計な文字なし。側面にローマ字表記がないが、10年前の撮影なので現在は変わっているかも知れない。合併で南海の流儀に統一されると思うが、泉北の文字は残るのだろうか。

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南海は7000系の廃車補充として2013年に泉北の3000系を譲り受けている。前面窓上には泉北のロゴと車号を外してネジ穴を埋めた跡が確認できる。

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泉か和泉なのか。和銅何年だかに国名を2文字にせぇというお触れが出て和泉になったそうだが、現在も両者が混在している。これと泉佐野は市名になっているので、南海の駅名も和は付かない。

PB042637
南海で和が付くのはこの和泉大宮だけ。ローマ字表記はIZUMIとOMIYAがハイフンで区切られている。所在地は岸和田市で大宮という地名はないが、近くに大宮を冠した学校がある。
 以上、回数稼ぎの便乗ネタなので、中途半端なのはご容赦。


むかしむかしの桜上水、参宮橋

 このところOER3001さまのブログで取上げられた桜上水と参宮橋、俺のところにも昔の写真があるはずと探してみました。

P5093743
まずは桜上水 、上りホームで1962(昭和37)年11月の撮影です。左端の信号扱い所と思われる建物は今も健在で、ホームの中程に取り込まれています。

61-07参宮橋 P5074186
以下は参宮橋、1961年7月の撮影です。朝の下り列車から降りるのはワシントンハイツに勤める人達で、改札口が上りホームにしかないため、列車が発車する前に急いで構内踏切を渡っています。車両は4連固定の2220形で、個人的にはこの前面が一番のお気に入りです。

1966-01 参宮橋PB165408
1966年1月1日、ホームは6連対応に延び、構内踏切が廃止されて跨線橋ができています。明治神宮の初詣対応で急行が臨時停車するので、赤丸の所に駅員が手旗で停止信号を現示しています。

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こちらは上りホーム、時刻は13:40だから人出のピークです。改札口に下がっている明治神宮の提灯は、小田急の備品なのだろうか。

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跨線橋から見下ろした上りホーム。これも急行で、ホーム先端に手旗を持つ駅員が見えます。奥の橋が駅名の由来となった参宮橋で、改札口からびっしりと人の列が続いています。
プロフィール

モハメイドペーパー

1946(昭和21)年1月生まれ、男、AB型。中央線(JR)の沿線に生息しているので、鉄道は複線で電化され、電車が頻繁に走るものと認識している。鉄道関係のライターが本職となり、現在も細々ながら現役。趣味はカメラいじりと模型製作。

ギャラリー
  • 0番3線式、近鉄擬きの電車の製作(電気配線と若干の手直し)
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