東京を離れて3日目となる5月29日の朝、窓の外を見ると天気予報どおりの晴で暑くなりそうだ。着替えに半袖シャツを入れておいたのは正解だった。本日はまず京都に行く。といっても抹香くさいお寺参りなどではなく、目的は阪急嵐山線と嵐電。そのあと時間があれば近鉄を予定している。

難波から地下鉄御堂筋線で梅田に出て阪急に乗り換える。平日の8時台だからラッシュの真っ最中だったけど本町、淀屋橋でかなりの降車があった。阪急は9300系の特急に乗り、9:40頃、桂に到着。嵐山線のホームには結構人がいる。元特急車の6300系で運転されていた嵐山線も4月からワンマン化された8300系が入り、つい最近、6351編成が正雀に回送されたというニュースも聞いている。まずは1本目が8300系であることを確認し、トイレに行って時間を稼ぐ。そして2本目、お情けで1本は6300系にしてくれるのではという期待もむなしく、8300系が到着した。3月に来阪した時なら間に合ったのにとぼやいても始まらない。

8300系が次の形式に交代するまで私が生きている保証はないけど、来た以上は上桂で定番の交換シーンを撮影しておく。左が元付属の2連で、連結していた基本編成の8882と8812を組み込んで4連とした。右が元の基本編成で中間に封じ込めだった8312は久々に風を切って走れるようになった。

8312(Mc)-8862(T)-8962(T)-8412(Mc)。2026.4.24にワンマン化。

8331(Mc)-8882(T)-8812(M)-8451(Tc)。2026.4.9にワンマン化。両者で車種構成が異なり、8331編成は4個パンタになっている。平日朝は3運用になるから6300系も駆り出されるが、2運用の日中はよほどのことがない限り6300系の出番はないはずだ。


ホーム固定柵の設置工事は5月25日から始まっている。

6300系用の乗車位置目標が見られるのもあと僅か。

せっかくだから6300系の姿も見ていただこう。2013年11月7日に撮影したもので、まだ改造から間もない頃になる。

6月11日時点で6351編成と6353編成は解体のため搬出されたようで、残りは6352編成のみとなる。果たしてお別れ運転は行われるのだろうか。

車内。今月中には8300系ワンマン車の3本目、4本目が竣工する見込み。

嵐山に着いたらカンカン照りになってきた。ここから嵐電の嵐山まで歩く。

嵐山に来たことを証明する写真も撮っておく。

嵐電の嵐山に向かう通り。まだ空いている方で、午後になれば車道にも人が溢れてくるのだろう。

嵐電の嵐山駅。この人込みをかき分けて進まなければ電車に乗れない。

太秦広隆寺でモボ1形が来るのを待つ。ここに来るまでは擦れ違わなかった。

在来車のモボ611形、モボ621形、モホ631形はタネ車によって形式を分け、改造当初は台車が異なっていた。今は台車を取り換えたので実質的な違いはなくなっている。

本線は10分ごとの運転。運賃は全線均一の250円。ちょい乗りは割高感がある。交通系カードは使えるが、読取り機は少し感度が悪く、定期入れのままでは反応しないことがあった。

レトロ調のモボ21形。40分ほど待って最初に乗った生八つ橋の夕子が戻ってきた。ということは本線にお目当ては動いていないので、次の電車で帷子ノ辻に移動する。停車していたモボ2000形の北野白梅町行きに乗り、常盤でモボ1形と擦れ違った。最初から帷子ノ辻で見張っていればよかったわけだ。

御室仁和寺で降り、反対側のホームに回って待ち構える。駅名は仁和寺が追加されたけど、この駅名標は変わっていない。

来た来た。光線はほぼ真横だが前面は丸いからそんなに潰れた感じにはならない。運転室扉のステップに標識灯を組み込んだのはうまく考えていると思う。

後追いも1枚。当然、北野白梅町から戻って来るまで待つ。

この案内表示器は割と最近に設置されたのだろう。時計の盤面はよく見るとラーメンの丼の縁みたいな模様が入っている。実は嵐電の社紋だった。

江ノ電色も来た。これはなかなか似合っていると思う。

初乗車。メーカーは武庫川車両の流れを汲む阪神メンテナンス。これ以外に製造銘板らしきものは見当たらなかった。

帷子ノ辻ではすぐに乗り込む人もなく、ゆっくりと車内が撮れた。黒(墨色か)をアクセントカラーにしているのは京阪電車と一脈通じる感じがする。椅子はなかなか座り心地がよかった。

残念ながらかぶり付きには向かない。

運転台は路面電車の標準的な片手操作2ハンドル。パネルを含めて黒1色でメーターはアナログ式。

クーラーの前後のカバーはいささかやりすぎか。ここまで気にかける人は少ないだろう。

四条大宮行きに乗り、西院で降りて車庫を覗いてみる。新車を出し惜しみするなって。もう3両目も入っているらしい。

中扉を移設して窓配置が変則的なモボ501形。嵐電とはこれでお別れし、バスで京都駅に向かう。

難波から地下鉄御堂筋線で梅田に出て阪急に乗り換える。平日の8時台だからラッシュの真っ最中だったけど本町、淀屋橋でかなりの降車があった。阪急は9300系の特急に乗り、9:40頃、桂に到着。嵐山線のホームには結構人がいる。元特急車の6300系で運転されていた嵐山線も4月からワンマン化された8300系が入り、つい最近、6351編成が正雀に回送されたというニュースも聞いている。まずは1本目が8300系であることを確認し、トイレに行って時間を稼ぐ。そして2本目、お情けで1本は6300系にしてくれるのではという期待もむなしく、8300系が到着した。3月に来阪した時なら間に合ったのにとぼやいても始まらない。

8300系が次の形式に交代するまで私が生きている保証はないけど、来た以上は上桂で定番の交換シーンを撮影しておく。左が元付属の2連で、連結していた基本編成の8882と8812を組み込んで4連とした。右が元の基本編成で中間に封じ込めだった8312は久々に風を切って走れるようになった。

8312(Mc)-8862(T)-8962(T)-8412(Mc)。2026.4.24にワンマン化。

8331(Mc)-8882(T)-8812(M)-8451(Tc)。2026.4.9にワンマン化。両者で車種構成が異なり、8331編成は4個パンタになっている。平日朝は3運用になるから6300系も駆り出されるが、2運用の日中はよほどのことがない限り6300系の出番はないはずだ。


ホーム固定柵の設置工事は5月25日から始まっている。

6300系用の乗車位置目標が見られるのもあと僅か。

せっかくだから6300系の姿も見ていただこう。2013年11月7日に撮影したもので、まだ改造から間もない頃になる。

6月11日時点で6351編成と6353編成は解体のため搬出されたようで、残りは6352編成のみとなる。果たしてお別れ運転は行われるのだろうか。

車内。今月中には8300系ワンマン車の3本目、4本目が竣工する見込み。

嵐山に着いたらカンカン照りになってきた。ここから嵐電の嵐山まで歩く。

嵐山に来たことを証明する写真も撮っておく。

嵐電の嵐山に向かう通り。まだ空いている方で、午後になれば車道にも人が溢れてくるのだろう。

嵐電の嵐山駅。この人込みをかき分けて進まなければ電車に乗れない。

太秦広隆寺でモボ1形が来るのを待つ。ここに来るまでは擦れ違わなかった。

在来車のモボ611形、モボ621形、モホ631形はタネ車によって形式を分け、改造当初は台車が異なっていた。今は台車を取り換えたので実質的な違いはなくなっている。

本線は10分ごとの運転。運賃は全線均一の250円。ちょい乗りは割高感がある。交通系カードは使えるが、読取り機は少し感度が悪く、定期入れのままでは反応しないことがあった。

レトロ調のモボ21形。40分ほど待って最初に乗った生八つ橋の夕子が戻ってきた。ということは本線にお目当ては動いていないので、次の電車で帷子ノ辻に移動する。停車していたモボ2000形の北野白梅町行きに乗り、常盤でモボ1形と擦れ違った。最初から帷子ノ辻で見張っていればよかったわけだ。

御室仁和寺で降り、反対側のホームに回って待ち構える。駅名は仁和寺が追加されたけど、この駅名標は変わっていない。

来た来た。光線はほぼ真横だが前面は丸いからそんなに潰れた感じにはならない。運転室扉のステップに標識灯を組み込んだのはうまく考えていると思う。

後追いも1枚。当然、北野白梅町から戻って来るまで待つ。

この案内表示器は割と最近に設置されたのだろう。時計の盤面はよく見るとラーメンの丼の縁みたいな模様が入っている。実は嵐電の社紋だった。

江ノ電色も来た。これはなかなか似合っていると思う。

初乗車。メーカーは武庫川車両の流れを汲む阪神メンテナンス。これ以外に製造銘板らしきものは見当たらなかった。

帷子ノ辻ではすぐに乗り込む人もなく、ゆっくりと車内が撮れた。黒(墨色か)をアクセントカラーにしているのは京阪電車と一脈通じる感じがする。椅子はなかなか座り心地がよかった。

残念ながらかぶり付きには向かない。

運転台は路面電車の標準的な片手操作2ハンドル。パネルを含めて黒1色でメーターはアナログ式。

クーラーの前後のカバーはいささかやりすぎか。ここまで気にかける人は少ないだろう。

四条大宮行きに乗り、西院で降りて車庫を覗いてみる。新車を出し惜しみするなって。もう3両目も入っているらしい。

中扉を移設して窓配置が変則的なモボ501形。嵐電とはこれでお別れし、バスで京都駅に向かう。









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