年明け早々から香典の用意か・・・なんて早手回しの方もいたかも知れませんが、なんとか平常の状態に戻っています。大事を取って食事の量は少し控え目にしていますが。

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朝食をすませ、2階の仕事部屋に入った時の気温。昨日が6.9度だったから今日が一番寒い。8度台ならそこそこ体も慣れているけど6度台は空気の冷たさを実感する。私が生まれた1月27日もかなり寒い日だったと聞いているけど、寒さにはあまり強い方ではない。
 ところで、今日は阪神淡路大震災から30年目。もうそんなになるのか。その震災は仕事絡みの思い出がある。

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鉄道ダイヤ情報の1995年3月号(2月発売)が阪神電鉄特集で、1994年12月から取材に行っていた。写真の5151形は2両しか新製されなかった少数派で、600V時代の2個パンタだったのを見ている。写真はカメラマンと一緒に尼崎構内の職員通路から撮影しているが、阪神の職員が立ち会っているから問題はない。

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この日は5261形と連結していた。屋根肩のカーブがR=350と大きいのがわかるだろうか。形式写真は撮れたけどもうひとつ撮りたい部分があった。それは窓の日除け。阪神の日除けは金属製の鎧戸で窓高さの半分くらいしかない。しかし、この頃はほとんどがロールカーテンに取換えられ、鎧戸が残っているのは5151形の2両だけだった。阪神ファンならご存知だが、阪神の普通車は一度出庫したら終電まで走りっぱなしだし、私はこの日の夕方には東京に戻らなくてはならない。こうなれば営業中の車内で撮るしかない。普通車は西宮で特急待避があり客の大半が入れ替わるから、その時が狙い目だ。
梅田から戻ってきた元町行きに乗り、西宮が近づいたら降りそうな客に見当をつける。カメラマンには席が空いたらすぐに俺が日除けを降ろし、客が座らないようにしているからと段取りをつけた。予想どおり西宮ではほとんどが降りたのでさっと日除けを降ろし、乗ってきた客には「すんません、ここんとこちょっと座らんといてください」と声をかけ、その間にカメラマンはパシャ、パシャ、パシャと連写する。無事に撮影できたが、私は乗客の整理をしたので自分のカメラでは撮影できなかった。
年が明けてからもう一度不足分の撮影に出かけたのが震災の数日前。予期せぬことで編集部も大騒ぎになり、阪神電鉄に問い合わせて予定どおり特集号は発行できた。しかし、5151編成は三宮の地下線で被災してそのまま廃車になってしまった。
ということで5151形は私にとって一番忘れられない形式になった。