佐久穂町の運転会、新幹線で日帰りでは勿体ないので、前日(7日)はしなの鉄道と長野電鉄に寄り道した。

事前に用意した乗車券類。高円寺から軽井沢までの乗車券と新幹線の特急券は高円寺の多機能券売機で買えた。問題は右上2枚の乗車券で、券売機では中央線回りしか選択できない。前回はそれに気付かず佐久平の改札で弾かれ、経路変更の処置をしてもらった。八王子~拝島~立川なんていう実際にそんな乗り方しないだろうという経路が3とおり出てくるのに、ごく一般的な北陸新幹線経由が選べないなんて、ソフトの開発者は何を考えているんだ。小諸~羽黒下も「窓口で対応してもらえ」という表示が出る。他社とのまたがりもない単純な乗車券が買えないなら、多機能券売機なんて看板は下ろしてもらいたい。

上野8:47発の「はくたか」で9:43に軽井沢着。しなの鉄道の窓口でこのきっぷを買う。長野まで乗って帰りは上田までだが、モトは取れる。

しな鉄のホームからは保存されているEF63が見える。その奥に最初のアプト式電機の10000形(EC40)もいるはずだが、接続時間が短いからそこまで確認している暇はない。電車はL/C座席を備えたSR1系の100番代。

9:59発の長野行き2635Mは初代長野色のS7編成(クモハ115-1018-モハ114-1023-クハ115-1017)だった。

この椅子は長野工場のリニューアルタイプで肘掛けの支持アームの形に特徴がある。

ドアの下にこんな注意書きがあった。だいぶドアヒーターが強化されているのだろう。

御代田付近。陽は射しているが雲が多く、浅間山は見えない。

大屋のホームにあった、観光案内板だったと思われる遺構。本体は鉄鋳物のがっちりした造りだから、このまま放置しても5年や10年では朽ち果てないだろう。

10:53上田着。発車は11:05なので一旦改札を出て、今夜泊まるホテルに模型を入れたキャリーカートを預けた。これで身軽になり撮影に専念できる。写真は8日の朝に撮影。

11:17、上田から3駅目の坂城に到着。ここは石油の備蓄設備があり、根岸からの貨物列車が篠ノ井経由で運転されている。1日2往復が定期で、左に止まっている87列車は乗ってきた2635Mの後を追い、6分後の11:23に発車する。

ホームの先の踏切までは数分で歩ける。

右の建物の先に駐車場があり、ここから撮れそうと思ったのだが、高低差があってダメ。逆光気味で苦しい構図だが、踏切の脇から撮るしかない。

87列車と入替わって11:32、篠ノ井からの86列車が到着。待ち時間が少なく、効率よく撮れるのはありがたい。もう少し引いてパンタが山から抜けるところでシャッターを切ればよかった。

後ろ姿を撮って駅に戻る。

こじんまりとした駅舎。

ここのもうひとつの見所がこれ。169系が3両も保存されているのだ。

鉄道会社が運営する博物館でも、同系列を3両まとめて保存している例はないと思う。

定期的に内部を公開しているようだ。次の公開は7月13日となっている。通勤快速はしな鉄にあったのかな。

検査標記。屋代工は長電テクニカルサービスのこと。

車号は数字が国鉄書体とは少し違うような気がする。

クモハは行き先が大垣になっている。国鉄時代でも東海道ローカルに使ったことはないと思うのだが。

ホームから見るとこんな感じ。状態は良い方だが、陽が当たるこちら側は塗装がだいぶボコボコになっている。

169系を見ているうちに入換え作業が行われていて、EH200は待避線に入って一休み。

タンカーは上田寄りに引上げてから、推進で取卸し線に押込む。

燃料抜取りのバルブはタキの長さに合わせて10両分が設置されている。

入換え作業が終わったDLは、側線の外れで一休み。

EH200は下り列車の先頭となる位置に移動して待機する。

坂城町のマスコットキャラクターはねずみなのだ。ひととおり見終わったところで、11:57発の2637Mで長野に向かう。軽井沢でEF63のとなりにいたSR1系100番代で、快速列車ではないから座席はロングシート状態だった。座り心地はよいけど背もたれが高いので、車窓からの眺めはあまりよくない。半分居眠りしながら12:30に長野到着。

事前に用意した乗車券類。高円寺から軽井沢までの乗車券と新幹線の特急券は高円寺の多機能券売機で買えた。問題は右上2枚の乗車券で、券売機では中央線回りしか選択できない。前回はそれに気付かず佐久平の改札で弾かれ、経路変更の処置をしてもらった。八王子~拝島~立川なんていう実際にそんな乗り方しないだろうという経路が3とおり出てくるのに、ごく一般的な北陸新幹線経由が選べないなんて、ソフトの開発者は何を考えているんだ。小諸~羽黒下も「窓口で対応してもらえ」という表示が出る。他社とのまたがりもない単純な乗車券が買えないなら、多機能券売機なんて看板は下ろしてもらいたい。

上野8:47発の「はくたか」で9:43に軽井沢着。しなの鉄道の窓口でこのきっぷを買う。長野まで乗って帰りは上田までだが、モトは取れる。

しな鉄のホームからは保存されているEF63が見える。その奥に最初のアプト式電機の10000形(EC40)もいるはずだが、接続時間が短いからそこまで確認している暇はない。電車はL/C座席を備えたSR1系の100番代。

9:59発の長野行き2635Mは初代長野色のS7編成(クモハ115-1018-モハ114-1023-クハ115-1017)だった。

この椅子は長野工場のリニューアルタイプで肘掛けの支持アームの形に特徴がある。

ドアの下にこんな注意書きがあった。だいぶドアヒーターが強化されているのだろう。

御代田付近。陽は射しているが雲が多く、浅間山は見えない。

大屋のホームにあった、観光案内板だったと思われる遺構。本体は鉄鋳物のがっちりした造りだから、このまま放置しても5年や10年では朽ち果てないだろう。

10:53上田着。発車は11:05なので一旦改札を出て、今夜泊まるホテルに模型を入れたキャリーカートを預けた。これで身軽になり撮影に専念できる。写真は8日の朝に撮影。

11:17、上田から3駅目の坂城に到着。ここは石油の備蓄設備があり、根岸からの貨物列車が篠ノ井経由で運転されている。1日2往復が定期で、左に止まっている87列車は乗ってきた2635Mの後を追い、6分後の11:23に発車する。

ホームの先の踏切までは数分で歩ける。

右の建物の先に駐車場があり、ここから撮れそうと思ったのだが、高低差があってダメ。逆光気味で苦しい構図だが、踏切の脇から撮るしかない。

87列車と入替わって11:32、篠ノ井からの86列車が到着。待ち時間が少なく、効率よく撮れるのはありがたい。もう少し引いてパンタが山から抜けるところでシャッターを切ればよかった。

後ろ姿を撮って駅に戻る。

こじんまりとした駅舎。

ここのもうひとつの見所がこれ。169系が3両も保存されているのだ。

鉄道会社が運営する博物館でも、同系列を3両まとめて保存している例はないと思う。

定期的に内部を公開しているようだ。次の公開は7月13日となっている。通勤快速はしな鉄にあったのかな。

検査標記。屋代工は長電テクニカルサービスのこと。

車号は数字が国鉄書体とは少し違うような気がする。

クモハは行き先が大垣になっている。国鉄時代でも東海道ローカルに使ったことはないと思うのだが。

ホームから見るとこんな感じ。状態は良い方だが、陽が当たるこちら側は塗装がだいぶボコボコになっている。

169系を見ているうちに入換え作業が行われていて、EH200は待避線に入って一休み。

タンカーは上田寄りに引上げてから、推進で取卸し線に押込む。

燃料抜取りのバルブはタキの長さに合わせて10両分が設置されている。

入換え作業が終わったDLは、側線の外れで一休み。

EH200は下り列車の先頭となる位置に移動して待機する。

坂城町のマスコットキャラクターはねずみなのだ。ひととおり見終わったところで、11:57発の2637Mで長野に向かう。軽井沢でEF63のとなりにいたSR1系100番代で、快速列車ではないから座席はロングシート状態だった。座り心地はよいけど背もたれが高いので、車窓からの眺めはあまりよくない。半分居眠りしながら12:30に長野到着。









多機能券売機、少し親近感を感じます。
前回のコメントでは舌足らずだったため、師と主催者様に一蹴されましたが、私が言いたかったのはあずさ(アルプス)、あさま(信州)の時代は小淵沢経由だったのでは?てことでして。
私の感覚では小淵沢は横川あたりに相当します。小海線内で倍かかろうが、当時は小諸経由という選択はしなかったのでは?
券売機君がその感覚を引きずっているわけではないでしょうが…
坂城、私も降りたことがあります。169を懐かしみ、タキ連太郎の入換をぼんやり眺めました。入換機はエネオス色のグリーンだった記憶があります。
その時、最も疑問を感じたのが…
なんでこんな場所に石油ターミナル設けたんじゃ?でした。
モハメイドペーパー
が
しました