モハメイドペーパーの      何が出てくるか 2.2

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2025年02月

引っ越した

 本日(28日)、新居に引っ越した。生活に必要なものと私の本類はほぼ新居に全部運び込んだけど、模型や工作関係は明日に持ち越し。馴染みの運送屋のほかに間もなく大学を卒業する孫の働きが目覚ましく、体力の差をまざまざと感じさせられた。さきほど風呂に入ったけど、今様の風呂はとてつもなく快適でああることを実感。だいぶ疲れは取れたようなので、明日ももうひと働きしよう。

西武鉄道8000系試運転、本日は新宿線

 今朝(26日)はだいぶ暖かかった。しかし、来月の4日は最高気温9度の予想になっているから油断はできない。

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8000系(元小田急8000形)の試運転は今日が新宿線で、南入曽10:08発→西武新宿の折返しは11:18発となっている。どこかで時間調整するとなれば東伏見だと思うがそこまで出向く時間がなく、地元の野方で待ち構える。10:31頃、定番の場所は左の電柱のところだが、すでに先客が2人いるからその後方(野方駅寄り)で構える。1両目の側面に架線ビームの影が落ちるので、さらに電柱1本分、駅寄りに移動する。

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10:50頃に急行が通過し、その続行でくるかと予想していたら、さらにそのあとの普通の尻を追いかけるようにして10:54頃に通過。島式ホームに向かって少し線路間隔が広がるので、1両目は通信ケーブルの影もそんなに目立たなくなった。前回の池袋線とは反対側の側面が撮れた。

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野方駅で一旦停止。各駅に停車してきたのだろうか。ことあと西武新宿から本川越に向かい、折返して南入曽に入庫となるが、引っ越し準備で忙しいので撮影はこれで終了とする。


都電5000形を偲ぶ

新宿歴史博物館にある都電5000形のレプリカに関連して、その現役時代の写真を探してみた。

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1967年撮影の2次形。窓桟がほぼ上下等分で台車はD14。中央のやや幅が広い窓3個分の所に両開き扉があった。これを埋めた以外は原型の面影を留めている。

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こちらは1次形で、ぼっちぼちさまが撮影されている張上げ屋根タイプ。扉を前・中としたのでかなり原型とは印象が異なる。局工場の改造で大栄車両による改造は雨樋位置が変更されていない。そちらの写真も撮っているはずだけど、データ化されていなくて、すぐには出てこなかった。
 5000形は14m級で幅も2.4mと都電としては広く、走れる区間が限定される。実際に大久保車庫に配置され、11番(新宿駅前~月島)と12番(新宿駅前~両国)専用となっていた。

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やっと寒波は北に退くようだけど、この1週間は寒かった。石油ファンヒーターは喉に悪いので使えず、エアコンだけでは足元が暖まらない。パソコンデスクをできるだけエアコンから離し、吹出口にダンボールを貼って温風が足元に届くようにしてみたが、思ったほどの効果はなかった。

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見てくれなんか気にせず、もう1枚貼ってみる。これも期待どおりの結果にはならず、右側を剥がして左側だけにしたのが意外とよい結果になった。

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反対側の欄間にはこんなファンを引っかけ、暖気を下に誘導する。これで昼過ぎにはなんとか足元にも暖かさを感じるようになった。まぁ、明日(26日)からは無用の長物になりそうだし、週末には新居に移れる目処もついた。やれやれ。







西武鉄道8000系(元 小田急8000形)の試運転速報

 西武鉄道8000系試運転の時刻がわかったのでお知らせします、というメールが届いたのは昨日(20日)の昼頃で、発信人はOER3001さま。持つべきものは友、ありがとうございます。その日は新宿線系統なのだが、残念ながらすぐに家を飛び出しても間に合わない。本日(21日)は池袋線系統なので、どこで撮ろうかと一晩じっくり考えた。

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21日のダイヤは南入曽9:43発で池袋に来て、同駅10:56発→豊島園11:09発→池袋11:41発→西武球場前12:53着(以下略)となっている。午前中に上り列車を撮りやすいのは石神井公園~練馬間の複々線区間だが、ここは当然ながら激混みが予想される。10時頃に練馬に着き、ロケハンかたがた下り列車に乗込む。条件のよい中村橋は10数人が固まっていたのでパス。富士見台はアウトカーブで編成全体が入らない。練馬高野台はちょっと邪魔物はあるけどまぁまぁのアングルだし、先客も1人しかいなかったので、ここでカメラを構える。10:13、まずは練習の1枚。

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2分後の10:15に本命が通過。ドピーカンで影もきつくなるが、光線状態は申し分ない。このままなら10:30くらいには池袋に着いてしまうから、どこかで時間調整があるはずで、通常は使わない待避線がある東長崎が怪しいと睨む。
*この写真はやや大きめになります。

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10:32、上り列車で追いかけて東長崎。予想どおり待避線に8000系が止まっていた。

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駅名標を入れた証拠写真。
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観察しながら先頭寄りに歩く。車号は窓上に入る。妻面は形式、自重、検査年月などの標記が一切なかった(ただし、確認できたのは海側のみ)。 

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この位置にも車号が入っている。車庫などの低い位置から確認しやすくするためなのだろう。

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LEDは3色で少しくたびれた感じ。小田急時代のままなのか。

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車内に積まれた測定機器。

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モニタも持込まれている。

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これは荷重用の水タンクらしい。

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先頭(池袋寄り)は明暗差が大きくて撮りにくい。

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10:41、発車。次の列車で追いかける。

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池袋は7番線に停車していた。

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営業運転が始まったら池袋に来ることはまずないだろう。

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駅名標と番線表示を強引に絡める。

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発車時間が迫ってきた。

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10:56発車。豊島園に行ってもう一度池袋に戻ってくる。

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練馬の飯能寄りは予想どおり。すぐ手前にビルの影も落ちているから、ここでは狙わない。
*後ろ姿だからわからなかったが、この中にぬか屋さんがいたようだ。

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池袋寄りは誰もいなかった。

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前面に陽が回らないけど、このくらいならよしとする。次は所沢の手前の陸橋から撮るつもりで下り列車に乗り、接続待ちの石神井公園でぬか屋さんと出会う。

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所沢から歩いていると間に合わないかも知れないので、秋津の下りホームから狙うことにする。先客が1人いた。

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ぬか屋さんは上りホームで貸切状態。

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12:21頃に通過。西武球場前までの追いかけはせず、所沢から新宿線経由で帰宅。今日は風がほとんどなく、昼間の陽が当たる場所では寒さを感じなかった。明日からの3連休で仕事を片付けよう。

 

栗原電鉄で細倉マインパークへ 

1990年7月、福島交通、板谷峠を回り仙台で一泊した翌日は栗原電鉄を訪れている。東北本線の石越から西に進んで細倉まで、その先にある細倉鉱山からの貨物輸送を目的とする鉄道だが、この時期、鉱山はすでに操業を停止していた。写真は石越からまとめたので、撮影順ではない。

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石越の駅舎は撮っていない。貨物扱いがなくなって側線が撤去されているが、ED351がぽつんと置かれていた。東武鉄道の日光軌道線から移籍したもので、個人が引取るため一時的に留置されているということだった。

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所沢車輌工場 昭和43年改造 の銘板が付いていた。日光軌道線時代はED611で、同線の廃止直前に撮影している。

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細倉までは970円。(マ)は鉱山跡に細倉マインパークができ、駅名も改称されたことを表している。

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車庫がある若柳。左のM181は所沢工場製、右はC151で片運。形式のMとCは電動車と制御車、数字の頭2桁は車体長を表している。ED203はナロー時代からの電機で、1067mmに改軌したため軸箱蓋が最大幅になる。三菱電機製で3両在籍していたが、この当時、車籍があるのは1両だけだった。

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旅客扱いの終点だった細倉。手前のバラストが新しいのはほんの僅か延長されたから。

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新設された細倉マインパーク前駅。電車は主力のM150形で3両在籍していた。

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M151の銘板、三菱電機(電装品)、住友金属(台車)、ナニワ工機(車体、艤装)の3社が記載されている。蛍光灯の格子状ルーバーは珍しい。東急の5000系も初期車はこれだったと記憶している。
オープンしたばかりのマインパークは駅から少し距離があり、バスもないので片道約30分くらいを歩いた。鉱山跡を活用したテーマパークのようなのだが、全体に造りがちゃちで温泉地の片隅にある秘宝館のような感じで、県外からの客を呼べるようには思えなかった。いつの間にか閉園となったようで、1枚くらいは写真を撮っておけばよかったかなと思う。
*調べたところ、一度リニューアルを行って現在も営業中とのこと。失礼しました。

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次のコマに阿武隈急行の8100系が写っている。今となっては貴重な記録だ。

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ちょっと停止位置がずれ、槻木という駅名標が確認できた。417系は3連5本しか製作されなかった稀少形式で、後に1本が阿武隈急行に譲渡されている。近郊形だが台車はDT32系で急行形並み。この窓配置は飯田線や身延線などにぴったりだと思うのだが、なぜか電車では少数派で終わっている。
東北地区での画像はここまで。どういう経路で東京に戻ったかはまったく覚えていない。

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残りのコマは帰京してから1週間くらい後で、有名な「ヒガハス」(東大宮~蓮田)に行っている。これは大宮で、列車番号から臨時列車とわかる。

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EF57が頑張っていた頃に来たことがある。春ではないけど「あけぼの」から。

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「北斗星」、EF81はつんのめっているような感じであまり好きになれない。

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ウォンウォンと唸っていた115系。天気が今いちだけど仕方ない。

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ホキ2200が16両連なる。機関車はよく見ればEF65のF形だ。

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185系の「なすの」。

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これも臨時列車。ヘッドマークは鎌倉という文字しか判読できない。

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もう1本「北斗星」を撮って引上げる。

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蓮田に戻る途中の工務店。屋根に乗っているのが社長らしい。

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これは別の日、301系の帯が黄色から青に変更された。総武緩行に入った205系が黄帯で地下鉄乗入れ車と間違えられたというのが変更の理由とされている。

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大塚駅、列車線は明治通りの踏切解消のための工事に伴い、池袋~大塚間が単線になるので、ポイントが挿入されている。

P2093159
都電の乗り場も改装中。

ということで東北遠征シリーズのフィルム3本は終わり。



プロフィール

モハメイドペーパー

1946(昭和21)年1月生まれ、男、AB型。中央線(JR)の沿線に生息しているので、鉄道は複線で電化され、電車が頻繁に走るものと認識している。鉄道関係のライターが本職となり、現在も細々ながら現役。趣味はカメラいじりと模型製作。

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